奨学生の声

Voice

2022年度 海外留学支援奨学生 若田部健太ワカタベ ケンタさん

グラーツ大学(University of Graz)/オーストリア
ユトレヒト大学(Universiteit Utrecht)/オランダ
はじめに

 この度、貴育英会の海外留学支援奨学生としてご支援を賜り、グラーツ大学大学院(Joint International Master in Sustainable Development)およびユトレヒト大学大学院(Sustainable Development program, Earth System Governance track)にて学び、無事に本帰国することができました。留学を終えた現在は、来年春の大学院修了に向けて修士論文の執筆に取り組むとともに、留学中に関心を抱いた「プラネタリーヘルス」という学際的領域における実務的経験を積むため、日本に拠点を構える医療政策シンクタンクにて長期インターンに挑戦しております。

 本稿を執筆するにあたり、まずは、本留学を可能にしてくださった貴育英会ならびにご支援者の皆様に、心より御礼申し上げます。

 留学体験記である本稿では、私が留学を決意した理由、留学先での学び、現地で直面した多くの課題、修了後の進路、そして今後の人生に対する自身の決意について、述べさせていただきました。

留学に至った経緯

 私は、大学院留学前から気候変動をはじめとする地球規模課題に対し、研究活動のみならず政策や制度形成、そして社会の合意形成を通じて解決に迫る必要性を強く感じていました。オーストリアのグラーツ大学では、学際的視点から社会の変革を扱う共同学位プログラムで学び、国際的な学習環境の中で専門性とソフトスキルを同時に鍛えられる点に魅力を感じました。また、本プログラムに入学した日本人がそれまでおらず、私が「日本人第一号」として先陣を切ることができるという点にも強く惹かれました。

 さらに、ヨーロッパの交換留学制度であるエラスムス(Erasmus)プログラムを通じて留学することができる、オランダのユトレヒト大学のEarth System Governance trackでは、持続可能性の諸課題を政治、ガバナンスの問題として捉え、政策、制度、権力関係や多層的な相互作用を分析しつつ、解決策を探究する枠組みをハイレベルな環境で学べることが、大学院留学の決め手となりました。

学究を通じた学び

在籍するプログラムのクラスメイトと

 学修・研究面で最も大きかった成果は、複雑な現実を解きほぐし、実行可能な提案へ落とし込むための設計力を磨くことができた点です。システム思考やシナリオ分析、指標を用いて課題構造を描き、政策・制度変化を説明する理論を当てはめ、必要なエビデンスをどの方法で集め、どの論点で検証するかを設計する訓練などを経験する中で、上記の能力を高めることができました。

 その上で、私は修士研究として、日本における脱炭素に向けたアクティブモビリティ(徒歩、自転車)の促進をテーマに、現状分析、利用促進に影響を与える政策手段(交通政策、環境政策、医療政策等)の組合せを分析し、今後の利用促進に向けた潜在的施策の方向性をまとめるべく、研究に取り組んでおります。欧州の都市で日常的に観察した公共交通、自転車、歩行の高い普及状況を出発点に、単純な政策の「移植」ではなく、日本の制度、社会文化的要因、地域差などに適合させるべく、諸条件を問い直すことを意識しております。こうした多角的な視点による思考も、留学をしたからこそ、より実感を持って行うことができるようになったと考えております。

キャンパス内外での学び

在籍プログラムは世界中から学生が集う
文化的多様性が特徴

 私は、2年間の留学生活を通じて、学問的成長と同時に対人スキルを大きく高めることができました。多国籍の学生が集うグループワークでは、一つひとつの結論に至るまでの価値観や論理が大きく異なる場合があります。私は、論理性だけで相手を動かすことはできないという現実を何度も突き付けられ、相手の前提や価値観を丁寧に聴き取った上で、根拠を示し、合意可能な落としどころを粘り強く探る姿勢の重要性を痛感しました。これは、ガバナンスの本質が多様な主体を望ましい方向へ共同で舵取りする過程にあるという学びとも深く結びついています。

 また、生活面でも、学びは教室の外に広がっていました。世界遺産に登録されているグラーツ旧市街での人々の営みを体験し、地域社会が長い時間をかけて築いてきた文化を肌で感じることができました。グラーツは小さな街であるため、日本の大都市のように地下鉄などは敷設されておりませんが、代わりにトラム(路面電車)の交通網が非常に整備されています。トラムを利用すれば街中を網羅的に移動できるため、市民の多くは、このトラムを移動手段として選択しており、主要交通機関として機能している点が非常に興味深かったです。2040年までにカーボンニュートラル達成を掲げる同国では、しかしながら、2018年時点で自家用車が旅客移動距離の70%を占め、公共交通機関が占める割合はわずか27%と、低炭素な交通手段への転換が鍵となっています。そこで、国内すべての公共交通機関で使える年間チケット「Klimaticket Ö(気候変動チケット)」の発売を2021年に始めるなど、気候変動対策に焦点を当てた野心的な挑戦に乗り出しています。こうした先進的な取り組みを現地で実際に見ることができたことは、貴重な体験であったと感じております。

 加えて、ユトレヒトでは運河沿いの街並みの中で、通学も買い物も自転車が自然に選択される生活を送りました。そうした日常の中で、国土が平坦で坂が少ない地理的条件に加え、自転車専用道路や信号機などのインフラが高度に整備され、環境問題や渋滞対策として国が推進してきた背景などが多層的に行動を形づくることを実感しました。こうした日々の体験が、授業で扱う理論等を具体的なイメージを持って理解する助けになりました。

現地で直面した課題

 その一方で、本留学は、順風満帆と言えるものではありませんでした。まず、慣れない異国での生活によるストレス、英語以外の言語(オーストリアの公用語はドイツ語、オランダはオランダ語)で生活することの難しさを痛いほどに感じました。さらに、一回ごとの授業に対する準備の負荷は想像以上で、英語で膨大な文献を読み、短い期間で議論に参加し、アウトプットを出し続ける必要がありました。加えて、オーストリアからオランダへ赴き、そしてオランダからオーストリアへ戻り学んでいたため、国をまたいだ履修や生活の切り替え、環境の変化による消耗もあり、思うように力を発揮できない時期も経験しました。また、大学院修了後の進路に関して、日本での就職に向け、時差が6、7時間ある中で志望企業等の説明会や面接に参加せざるを得ない場面が多くありました。時には深夜3時、4時頃に面接があったため、本来の生活リズムが崩れ、不眠に悩む時期もあり、現地での学業と日本の就職活動の両立の大変さを身にしみて感じました。

 それでも、素晴らしい教職員の皆様や学友に相談をしながら、一つひとつの課題を乗り越えることで、多くのかけがえのない気づきや学びを得ることができました。学術的に、そして何より人間的に成長できたこの経験は、特に、「困難に直面した際に、それに価値を見出し、果敢に立ち向かっていくことの大切さ」という、今後の人生を送るうえで極めて貴重な指針をもたらしてくれました。

修了後の進路への示唆

 上記に加えて、留学を通して改めて得たものは、個々人が節電・節水などの行動を積み重ねる重要性を認めつつも、それだけでは気候変動の進行を止めるには到底足りず、社会全体のシステム変革と、より野心的な政策の立案・実行が不可欠だという確信です。だからこそ、私は修了後、気候変動領域の非営利セクターでキャリアを歩むことを決めました。非営利組織であれば、民間企業の目的である利益追求ではなく、多様なステークホルダー(市民社会、企業、省庁、自治体、研究者など)を橋渡しし、対話と働きかけを通じて政策や企業の戦略・行動を変える「媒介者」として独自の役割を果たし得ると考えるからです。

 そのために、留学中に磨いた、エビデンスベースで議論を組み立てる力、複雑な利害を踏まえて解決策を探る姿勢、多様な関係者を巻き込んでプロジェクトを遂行するスキル、そして多文化チームで各人の長所を活かしながら前進させるリーダーシップを、気候危機を解決するための現場で存分に発揮したいと考えています。

今後の人生に対する決意

 本留学を通じて私の問題意識の中核となった気候危機の喫緊の課題は、地球上のすべての人々、生物、環境が影響を受けるものであり、最も影響を受けやすい方々(とりわけ子供や女性、高齢者などの脆弱層)から先に被害が生じ得ることが特徴の一つといえます。

 かつて留学中、「留学での学びを人生の糧にはするが、今後の人生をどう生きようか」と思い悩んだ時期がありました。それは、留学を経て、進路の選択肢を広げることができたが故の贅沢な悩みであると思いますが、自身にとって重く、深くのしかかった不安でもありました。

 しかしある日、奇しくも貴育英会の創設者であられる飯塚毅博士が基本理念として掲げられた「自利利他(自利トハ利他ヲイフ)」が胸に去来しました。自身にとっての本当の「自利利他」とは何か考えを巡らせるとともに、多くの方々に進路の相談をさせていただく中で、気候危機の解決のために貢献できる人材になろう、そのために自分にしか歩めない使命ある道を残りの人生をかけて開拓しようと決意いたしました。代替ができない地球環境のために、生命の尊厳を持った地球上の一人一人のために、留学で得た知見を社会に還元し、日々精進することが、そのまま自身の幸福であると腑に落ちたためです。

 しかしそうは言っても、社会人として私がこれから実際に遂行する日々の業務は、地道であり、目に見える成果が出にくい分野のため、人々から直接的に感謝されることも多くないと思います。また、気候変動を解決するための行動は、短期的ではなく中長期的に効果が現れるため、自身の活動が真に社会にとって有意義なのか、時には疑問を抱くこともあるかと思います。しかし、他者に尽くさんと走り続けること、それ自体が私にとっては喜びであり、幸福であることを信じ、自己研鑽を今後も重ね、社会に貢献できる人材へと成長してまいります。

 末筆ながら、私の人生の大きな転換点となった本留学を実現してくださった貴育英会、ならびにご支援を賜る数多くの皆様に、改めて深く御礼申し上げ、私の留学体験記とさせていただきます。


一覧ページに戻る