ごあいさつ

Greeting

飯塚 真玄
公益財団法人飯塚毅育英会
理事長 飯塚 真玄

当育英会の創設者飯塚毅博士(注1)は、今から100年前の大正7年(1918年)7月8日に栃木県上都賀郡鹿沼町(現、鹿沼市)の上田町に布団職人の一人息子として生まれました。そのため、鹿沼町立鹿沼尋常高等小学校(現、鹿沼市立鹿沼中央小学校)、栃木県立鹿沼農商学校(現、栃木県立鹿沼商工高等学校)を卒業したあと、家業を継ぐため、東京に丁稚奉公に行くことになっていたそうです。しかし学校の成績がきわめて優秀であったことから、担任の先生方の強いあと押しがあり、さらに進学することができたのです。そうして福島高等商業学校(現、福島大学経済経営学類)、東北帝国大学法文学部法科(現、東北大学法学部)へと進学されました。そのとき、首席で入学したことから、東京帝国大学法学部の末延三次教授が創設された末延財団から一年間月35円の奨学金を頂いています。

そして昭和18年4月には陸軍(宇都宮の野砲兵第20連隊)に召集され、大学は繰り上げ卒業。2年半の軍隊生活のあと昭和20年9月に陸軍主計少尉で復員しました。

そのあと昭和21年に飯塚毅会計事務所を鹿沼市に開業し、税理士・公認会計士として業務に精励されたのです。昭和37年には日本の職業会計人業界を代表して米国ニューヨーク市で開催された第8回世界会計人大会(WCA)に出席、そこで米国で始まっていたコンピューター革命の凄さを目の当たりにします。これを契機として昭和41年に、栃木県において会計事務所専門のコンピューター・センターである株式会社栃木県計算センター(現、株式会社TKC)を設立したのです。併せてTKCでは地方公共団体(市区町村)のコンピューター化にも取り組んでいます。

飯塚毅博士は、このようなご自身の経験から生まれた「究極の事業は人材の育成である」という信念に基づいて、平成7年12月栃木県教育委員会の許可を得て、財団法人飯塚毅育英会を設立され、さらに平成21年6月には、公益法人制度改革に伴い、当育英会は栃木県知事より県下では第一号となる公益財団法人として認定されたのです。

当育英会の事業目的は、学業と生活態度に優れ、かつ高い志を持ちながらも、経済的支援を必要とする栃木県内の高等学校又は特別支援学校高等部を卒業した大学生及び大学院生並びに栃木県内の大学に学ぶ外国人留学生を対象として資金援助を行い、将来社会に貢献し得る有為な人材を育成することにあります。また、その支給は、すべて返済不要な給付型の大学奨学金(制度区分:一般奨学生、外国人留学生、東日本大震災被災者支援特別奨学生)及び海外留学支援奨学金となっています。なお、詳しくは平成31年度の奨学生募集要項を参照してください。

当育英会の基本財産は、飯塚毅博士ご夫妻が創立時に寄附された現金10億円及び株式会社TKCの株式365万株に加えて、理事長飯塚真玄が寄付した同社株式600株、元評議員の故飯塚容晟氏からの遺贈による同社株式10万株、並びに7名のTKC全国会の会員(注2)からの寄付による同社株式2,400株、さらに田上美智子氏が寄付された株式会社TLPの株式26,000株であります。したがって、育英事業に必要な支出は株式配当金及び預金利子を財源としています。

これまでに当育英会が採用した大学奨学生及び海外留学支援奨学生の総数は本年までに2,019名となり、創立以来、平成30年度末までに給付する奨学金の総額は24億円余に達する見込みです。

当育英会は、今後とも、栃木県出身の前途ある青年たちのために、奨学金の給付、育英講演会の開催及び機関誌『刮目』の発行等々を通し、微力ではありますが「人づくり支援事業」を展開していく所存であります。当育英会の設立の経緯やこの事業にかける設立者の想いをご賢察いただき、意義ある大学生活を送るために当育英会の奨学金制度を大いに活用していただきますようお願い申し上げます。

(注1)
 飯塚毅博士は、昭和62年2月3日、中央大学法学部から法学博士号を授与されています。

(注2)
 TKC会員のお名前は以下のとおりです。
 土井嘉彦氏、 江里口正治氏、 近藤重明氏、 橋脇公彦氏、 土屋寛人氏、 氏原 崇氏、 石栄孝志氏