奨学生の声
Voice
2023年度 海外留学支援奨学生 佐藤懸さん
マドリードの中心であるPuerta del Sol
私は2023年9月から10カ月間、スペイン・マドリード自治大学に留学しました。卒業論文執筆の準備としてレコンキスタを中心に中世スペイン史研究を行いたかった事、日本に加えて自身のルーツがあるスペインでの生活を体験したかった事を理由に留学先を選びました。首都であり欧州でも有数の大都市であるマドリードにはたくさんの移民の方や留学生が暮らしています。その為自身の研究活動に打ち込むには勿論のこと、多様な文化や背景を持つ人々と交流する上でもとても良い環境が備わっていました。何より、現地の家族やスペインの友人達と多くの時間を共有できたことは私にとって一番の収穫であり、今後の原動力になると信じています。彼らからスペインの言語・歴史・文化など多くのことを吸収できた為、加えて新たな志として、移民の方が年々増加する日本において自身のアイデンティティに対して彼らが抱え得る葛藤を減らす手助けをしたいと考えるようになった為です。
留学期間中、家族や友人は、私が持つ日本人としての習慣や考え方をありのまま受け入れてくれた上で、彼らのコミュニティの中に私をスペイン人として歓迎してくれました。更に、ルーツの半分をスペインに持ちながらも言語が不自由で現地の事情や歴史文化に詳しくないことに私が劣等感や不安を抱いていたことを汲み取り、私がスペインのことを更に知ることが出来るよう、そして自分に自信を持つことが出来るよう沢山の思い出を共有しながら多くのことを教えてくれました。これら全てが私にとっては何物にも代えがたい記憶であり、留学を無事終えた今、次は私がこの支援を他の人へ繋ぐ番であると強く感じています。
Gernika:叔父叔母とバスク地方ゲルニカを訪れた際。背景はバスク人彫刻家がゲルニカ空襲の際の避難を表現した作品。バスク人議会の起源・スペイン市民戦争の際の空襲の歴史を学習
私が育った街には南米からの移民の方が多く、その子供の多くは小さいうちに来日しています。日本社会で育った彼らは自分がルーツを持つ国について知る機会が少なかったかもしれません。加えて、日本で育ち、場合によっては日本国籍を有しているにも関わらず、見た目や名前から日本人として受け入れられない、また、言語や慣習の壁によって日本社会に上手くなじめなかった子供たちのケースも目の当たりにしてきました。こうした経験によって彼らは、どの社会に帰属意識を持てばよいのか悩み自身のアイデンティティが失われているように感じ得るかもしれません。これらの不安感を解消する手段として私は、自身と関係のある国や地域について深く知り、周囲の人のみならず自分自身が、複数のルーツが内在していることをありのままに認めることが有効になると留学を通じて考えました。なぜならマドリードに暮らす移民の方や留学生の多くが、スペイン社会に加えて自身がルーツを持つ国についても詳しく知っており、誇りをもって他者に彼らの文化・慣習・言語を紹介していたからです。
ボリビア出身の友人の紹介で食べたボリビア料理(彼女は出身地である南米の文化や食についてよく教えてくれた。写真の食事会を通じてベネズエラ生まれスペイン育ちの友人や中国生まれスペイン育ちの友人などそれぞれ異なる文化的背景を持つ友人と知り合うことができた)
こうした手助けの一手段として私は自分の研究手法が応用できるのではと感じています。私が行う中世スペイン史研究は地域研究という学問に属しており、実際に現地を訪れて対象地域を多角的な視点から研究することが目的とされているからです。こうした研究で得た地域に対する広く且つ深い知識が移民の方々のアイデンティティ形成や保全に貢献し得ると考えています。
私もこの留学中には大学での講義に加えて、レコンキスタの転機を経験した各都市を訪れ中世スペイン史とその産物の一種である建築を肌で感じてきました。レコンキスタ始まりの地オビエド、キリスト教徒の勢力維持に貢献した巡礼路の目的地サンティアデコンポステーラ、イスラム教徒らの優位が初めて崩されレコンキスタが大きく進む転機となったトレド等です。レコンキスタを通じてキリスト教徒らが実際に南下した過程に沿って各都市を訪れたことで、レンガ建築や馬蹄形アーチ、特定の天井構造や装飾要素(モカラべ)など、イスラム世界由来の特徴が南下するにつれて建築に現れることを目の当たりにしました。こうした文化の融合は、キリスト教徒とイスラム教徒との間に徴税を媒介とした平和協定が結ばれ、共存が進んだ時代が存在したことに由来しています。このように中世史の講義で得た知識に基づいて美術史的視点からフィールドワークを実施した経験は、今後の研究活動の基礎となるでしょう。
オビエドのプレイスパノロマネスク建築
Santa María del Naranco
更に、レコンキスタやこうした多文化な美術様式に対する近現代社会の認識や評価についても学習する機会に恵まれました。結果、自分が学ぶ中世の事柄がどのように現在と繋がり、問題提起や示唆を社会にもたらすことが可能であるかを考えるきっかけを得た上に、自身の研究を現代社会に還元する重要性にも気が付くことが出来ました。
最後になりますが、多大なるご支援をいただいた育英会の皆様に深く感謝申し上げます。この留学を通じて得ることが出来た貴重な経験や思い出を糧に、今後の研究活動と新たな目標に向けて努力を続けたいと思います。本当にありがとうございました。
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