奨学生の声

Voice

2020年度 海外留学支援奨学生 田中智之さん

トゥール大学(Université de Tours)/フランス

私は2020年9月に博士の学位を名古屋大学から取得し、名古屋大学の博士研究員として2020年10月から2021年7月の間フランスのトゥール大学に留学しました。ここでは研究以外の留学中に経験したことなどを報告させていただきます。

ロックダウン

フランスに行く前からある程度は予測していましたが、10月後半(渡航して3週間くらい)からフランスはロックダウンとなりました。経済活動が再開されたのが5月の頭あたりだったので、私の留学は、ほとんどがロックダウン中のものでした。

フランスのロックダウンは日本のものよりもずっと厳しく、レストランの営業禁止、マスク着用の義務、理由なく外出した場合は罰金などがありました。ロックダウン前夜の飲食店街は、若者で溢れかえり、春に体験した長い自粛生活を思い出したのか、叫び出して店のシャッターを蹴り続ける若者もいました。

写真1

私の研究対象が数学であるため、極端に言えば紙とペンさえあればどこでも研究できます(もちろん、論文を書く時にパソコンを使うので紙とペンしか持っていない数学者はいないと思います)。ロックダウンの期間中、授業はオンラインになり、学生が大学に来るのは許されていないようでした。私は授業を履修しておらず、比較的自由に大学に出入りすることができたため、極端に不便と感じることはありませんでした。Molinet先生との週に1回のミーティングに大学に行き(写真1)、それ以外は自宅で研究という生活が続きました。ただ、家に長くいると気分がだんだん沈んでくる気がしたので、買い物や散歩でなるべく外に出ることを心掛けました。

一人暮らししていた(=誰かと何かを共有する生活ではない)ことと、ロックダウンによりイベントも軒並み中止になっていたため、また友達を作らねばとあまり思っていなかったのもあり、研究以外の交友関係はそこまで広がりませんでした。一方で在仏邦人用の掲示板サイトで、在仏邦人によるオンライン飲み会などに参加し、日本人の知り合いができました。参加者の多くは在仏歴が5年以上の人たちで、パティシエや日本企業の駐在員だったり、大学コミュニティにいたらできないような繋がりを持つことができました。そこで知り合った人とは、6月下旬に研究集会に参加するためにパリに行った時に、一緒に食事もしました。留学中は日本人と一切関わらないと決めている人もいると思いますし、そうしたい気持ちもわかりますが、「日本人だから」という理由で比較的簡単に交友関係が築けるのは国外ならではだと思いました。

生活

写真2

私は全くフランス語が話せない状態で渡航しました。帰国した今も、フランス語は全く話せません。行く前に簡単な文法くらいは勉強しておけばよかったと後悔しています。というのも、トゥールで英語を話せる人はほとんどおらず、生活面で苦労したことが多かったからです。英語が通じないと、だんだん人と話す気もなくなってきて、買い物などでなるべくコミュニケーションを取らないようにしようと思ってしまいました。これにより逃してしまった機会は多いと考えています。

フランスらしい経験もしました。フランスではしょっちゅうデモが行われていました。パリで行われる規模の大きいデモは、大使館から情報が入ります。デモは事前にルートなど発表し、それに合わせて交通規制などが敷かれるため、どこかに情報が載っているはずなのですが、私はあまり注意を払っていませんでした。Molinet先生に会おうと大学に行こうとした時、デモが行われていて(写真2)、いつも使うバスが止まってました。泣く泣くタクシーを使ってなんとかミーティングには間に合いましたが、Molinet先生からは「よくあることだから、メールしてくれたら時間をずらしたのに」と言われました。

フランスでの研究集会など

写真3:本人 後ろから2番目の列の右から7番目

5月にフランスの経済活動が再開された途端、さまざまな研究集会が対面で開催されました。私は、パリ第11大学のPatrick Gérard(パトリック ジェラード)教授の60歳記念集会に参加しました。この集会は、Gérard先生の共同研究者や教え子が講演者として呼ばれ、Gérard先生の60歳を祝うという趣旨です。日本でも還暦記念の集会はよく行われるのですが、フランスでも似たことをやるとは意外に思いました。Gérard先生は世界的にこの業界をリードしてきた人の一人であり、講演者は非常に豪華でした。フランス国内の数学者はパリに来ていましたが、アメリカ在住者などは、オンラインで参加するという、ハイブリット形式で開催されました。日本人は私一人だけでした。この集会に参加して、フランスの数学者の層の暑さ、特にスター研究者の多さ実感しました(写真3:後ろから2番目の列の右から7番目)。

ここで、「研究集会」という聞き慣れない言葉について説明させていただきます。日本の数学コミュニティでは、「学会」は日本数学会が主催する年2回の「年会」と「秋季総合分科会」を指します。一方で、学会以外の研究成果を発表する機会のことは研究集会と呼ばれ、名称は区別されています。これは、会の主催者が日本数学会ではなく個人の研究者や学科だったりするためです。ただ、学会も研究集会も、研究成果を発表し、質疑応答を行うという意味では同じものです。

対面での研究集会以外にも、アメリカやスロベニアなど様々な研究集会にオンラインで参加しました。オンラインは原理的には地球上のどこにいても参加できますが、時差の問題はつきまといます。フランスの15時は日本の21時だったり22時だったりする(サマータイムの有無)ので、日本から研究集会に参加するのは、余計にエネルギーが必要でした。フランスにいることでヨーロッパ圏内の研究集会に自由に参加できたことはとても大きかったです。また、帰国直前に京都大学での研究集会で今回の留学の成果を講演しました。主催者の先生に、フランス時間の深夜か、フランス時間の朝(9時ごろ)のどちらが講演しやすいかを聞かれ、私は朝が苦手なため、フランス時間の深夜にしてもらいました。深夜2時から1時間講演をしたのは良い思い出です。

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